Blog 大草直子の毎日AMARC

雑誌のページ作りを、怒涛のスケジュールでこなし、スタイリングブックなど、書籍も1年に2冊くらい。30代後半、第3子を出産したのもあって、そこから数年は記憶がないくらいの毎日。体調も、今より良くなかった気がするし、よく、あんな日々をコンプリートできたなと思います。今振り返ると、まあ、危険な仕事の受け方だったな、と遠い目になりますが。それでも、「生活のためのお金を得ること」「自分の夢を叶えること」「期待に応えること」で精一杯だったんだな、とあの時の自分を抱きしめてあげたい(笑)。
そうこうしているうちに(またはしょりすぎ)、13年前、40歳だった時、ご縁を頂き『DRESS』の創刊に携わることに。フリーランスで長く仕事をしてきましたが、「ファッションディレクター」という肩書を頂いたのも、初めてでした。0から雑誌を作り上げる、という経験も初。自分のページだけでなく、俯瞰で1冊を見る、という仕事も経験したことがない。肩書が変わるだけで、会う人が違ってくるんだ、と気づいたのもこの頃でした。レギュラーだったメディアの仕事をすべてキャンセルし、『DRESS』にコミットし、何十ページと担当していたので、久しぶりに原稿書きで夜中まで、と、またまた多忙を極めることに。書いていると、息が詰まりますね、私の人生(笑)。実は、この頃、ずっと一緒に仕事をしている鈴木ちゃんが、私の会社に入ってくれたんですよ。おお、もう13年目か! ありがたい♡ と、話が逸れました。
様々な話題を作ったメディアでしたが、そんな時新しいお話しをもらいます。講談社の『ミモレ』です。「会社初の外部編集長として来てくれないか?」と光栄すぎるオファーを頂き、読者像や伝えたいメッセージも、すべて自分で決められる、さらに、まだまだ小さな勢力だったウェブメディアである、ということに惹かれて、お世話になることになりました。ビジネスモデルや、ユーザーとのコミュニケーションの仕方などなど、本当にたくさんの学びがあった3年ちょっと。『ヴァンテーヌ』時代の後輩、大森葉子ちゃんや、前編集長(中高が同じ)川良咲子ちゃんなど。今でも、何かあれば相談したり飲んだり、飲んだり(笑)仲間ができたのも、私のキャリアの「背骨」になりましたね。問題も起きたし、悔しい思いもあったけれど、達成感、充足感、やりがい、喜びが、圧倒的に大きかったキャリアで、心から感謝しています。
きっと、今の『AMARC』のユーザーさんやSNSのフォロワーさんも、この時代からの方が多いんじゃないかな、と思います。荒れ地を耕し、土台を作ったら、編集長のポストは、社員にお渡ししようと思っていたので、実はスタート当時から「3年です」と言っていました。その言葉通り、3年で、2代目編集長の大森ちゃんへバトンを渡し、私は、また違う荒野へ(笑)。キャリア形成の道筋や、得意なこと、不得意なこと、それぞれ違うじゃないですか。私が好きなのは、何もない未開の土地に行き、土に鍬を入れ、土壌を柔らかくし、木を植えること。バイタリティと創造力を全開に働くのが好きです(笑)。そして、誰もやったことがない新しいことをやる! こういう仕事の仕方って、もしかしたら「昭和」なのかもしれないけれど、そこに喜びを感じるのだからしょうがない。性分ですね。
ここまでたくさんの媒体に携わらせていただき、私がこの仕事をやる意義は、「今を生きる女性たちが、もっと楽になるお手伝い」と気づきました。これが自主メディア『AMARC』を立ち上げるきっかけです。7年目を迎えた現在、また少しずつメッセージが固まってきました。このあたりと、今後の仕事のゴールや目標は、次回! 次回で最終回になりそう。なるかな?(笑)