
テレワークや時差通勤など、働く環境が変化しつつある今、AMARCにも「ビジネスウェアはどうすれば?」という疑問が数多く寄せられます。目まぐるしく変化していくビジネスシーンで、ファッションはどうあるべきなのか―― 大草直子の先輩でもあり、『AERA STYLE MAGAZINE(アエラスタイルマガジン)』の創刊編集長を務め、現在も、さまざまな方面でビジネスウェアの新たな提案をし続ける服飾ジャーナリスト・山本晃弘さんとともに考察します。
Let’s talk about
“new” business wear
新しい時代の、仕事をする服を考える
新しい時代、出社はハレの日に。
スーツも「ハレ着」として進化していく
これまでは、「仕事着といえばスーツ」と、ある意味スーツはオフィスシーンでの制服的なアイテムとして、私たちの中に根付いていました。しかしながら、ここ数年、テレワークや時短ワークなど働き方が変化し、仕事着のあり方も変わってきました。そして、2020年、その流れが一気に加速。これからは、間違いなく、出社自体が特別なことになっていくはず。それに伴い、スーツはもっと特別な存在になっていく、山本さんがおっしゃったのは、そんな言葉でした。
「これからのビジネスシーンでは、大切な会議があるからオフィスに行ったり、大事な商談があるからクライアントの元へ出向いたり……。つまり、会社にいくこと自体が、仕事においての特別な日、“ハレの日”になっていくのではないでしょうか。それに伴い、スーツも「ハレ着」として、特別なものになっていくと思うのです。スーツを着ることで、気持ちがシャキッとして「よし、やるぞ!」と、これまでよりも一層、スーツが担う“仕事スイッチ”としての役割が大切になっていくはずです」(山本さん)。
ハレ着としてのスーツ――そう捉えると、スーツの選び方にも変革が起こるはず。「これまではシーズンごとに一着ずつ買い足していたものが、これからは数年に1回でよくなってくるはずです。ただし、その分、ご自身にとって本当に気持ちが上がるものを、時にお金をかけて選ぶ。そんなふうに変わっていくと思います」。
ここぞ、という一着を選び、ここぞ、というシーンで襟を正すようにスーツを着る――スーツがスペシャルな存在へと、進化していく時代。まさに新しい時代の新しい価値観ですね。
服は生き方にも繋がっていく。
それが「自分ファッション元年」
対談当日、大草が選んだのは、男性のスーツなどにもよく使われるグレンチェックのワンピースでした。「山本さんがジャケットでいらっしゃると思っていたので、私もジャケットスタイルだと、シルエットが角張って、全体的にカチッと見えすぎてしまう。そこで、スーツを連想させるグレンチェック柄で、柔らかさや落ち感のある、このワンピースを選びました」。
一方、山本さんのスタイルも「自分ファッション元年」らしい、オリジナリティある選択眼からでした。「今日は、ゲストとして招かれたので、ドレス感のあるコーディネイトをと考えて、フォーマルなスーツなどに用いられるピークドラペル(襟のスタイル)のジャケットを選択しました。また、ボトムスはデニムだとカジュアルになりすぎる。その前に選ぶべきアイテムとして、今日はいているコーデュロイやチノーズなどの素材を提案できたらな、と。実は、他にも、ウエストがゴムになっているドローコードパンツを、と考えていたのですが、コーディメートが合わずに出かける直前で着替えました(笑)」。
また、女性にとっては、パールが顔色を明るく見せるレフ板としての役割を担っていますが、男性のビジネスウェアにおいては、白いポケットチーフがその役割。「本来は、白い麻のチーフを、まっすぐなラインで入れるのが、ビジネスファッションのセオリー。ですが、今日は、新しい仕事服というテーマと、自分の気分も上げるためにも、秋色のポケットチーフを合わせました」。山本さんご自身のスタイルからも、これまでのビジネスファッションセオリーから、一歩も二歩も踏み出して、会う人や仕事の内容に合わせて、自分が何を好きかで決めていい――そんな新しい仕事服の選び方が始まる予感がします。
何を着るかは、自分で決めていく時代。
きちんとしていて心地いい、が
選択の基準に
働き方も、仕事の内容もシチュエーションも、ドラスティックに変わりつつある今、仕事服のルールは、自分自身で考えていく時代に、と山本さん。
「スーツやビジネスウェアはなくならない。けれども、今日は会社に行って仕事をするのか、リモートで仕事をするのかを自分で決めるのと同じように、仕事服も、働き方のスタイルに合わせて自分自身で考える時代に入ってきたのだと感じます」。
そんなふうに山本さんがおっしゃるきっかけとなったのが、この春、セイコーが銀座・和光に掲げたメッセージ広告だったとか。
時間とは追われるものではない。
一人ひとりの中にあり、
一人ひとりが刻むもの。
この先どうなるか、
まだまだわからないけれど。
どうかすべての人が、自分自身の、
かけがえのない時間を過ごせますように。
時はあなたが刻む。
これまでは、会う人や出かける場所、社会のルールや常識などに合わせて、毎日の仕事服を選んでいた私たちですが、それは、言い換えれば、何を着るかの決定権を「他者」に委ねている、ということです。「これからは、自分の気持ちが上がったり、顔色がよく見えたり、着ていて気持ちがいい、で選んでいいということ。きちんとしていて気持ちがラクであればいい、ファッションを楽しむ権利、装う権利を取り戻したとも言える時代に。そういう意味で今年は、まさに「自分ファッション元年!」 仕事服選び、ワクワクしてきました」(大草)。
「ワクワクに忠実でいい」
それが自分ファッション元年のカギ
とはいえ、「自分ファッション元年」、どんな装いを基軸にしたら良いのでしょうか。そんな問いに関して山本さんご自身のヒントともなったのが、ミナ ペルホネンのデザイナーである皆川明さんの言葉だったとか。
「今、リモートワークやオンライン会議などが増え、仕事の空間をどう心地よくするかを考えるなか、皆川さんが、朝日新聞の取材でおっしゃっていたのが、衣服は人間にとって一番ミニマルな空間であるということ。それをいかに居心地や着心地がいいものにするかが、これからは大切だと。どんな素材を選べばリラックスできるのか、どんなシルエットを選べば、相手からどう見られるのか――そういう視点を持って素材感やシルエットを、もっと深く考えていくことが大切だと。ファッションを提案する私自身も、ハッとさせられました」
さらに、山本さん曰く、自分軸で考えるファッションは、男性よりも女性のほうがずっとコンシャスに考えていたそう! 「以前、大草さんとお話をしたときに、女性は自分の気持ちをどうしたいかで、シルクやウールなどの素材を選ぶというお話をされていたのがとても印象的で、衝撃的でした(笑)。それくらいに、これからの仕事服の選び方は、自分主体でいいものですし、私たち男性は女性から学ぶことがずっと多いのだと感じます」
「自分ファッション元年」は、着ていて楽しい、気持ちがいい、気分が上がる――そんなワクワクが主体でいい! 何を買おうか、何を着て仕事をしようか、どんな気持ちで仕事をしようかがもっと楽しくなってくる気がしますね。
TERUHIRO YAMAMOTO’S STYLE

ジャケットは、フォーマルな雰囲気のネイビー×ピークドラペル。ドレッシーなデザインながらも、ツイード素材で柔和な雰囲気に。インナーはベージュのニットに、同じくベージュのコーデュロイ素材のボトムスを合わせたワントーンコーディネート。全体の色味を2色におさえ、ポケットチーフにもネイビーとベージュをさりげなく採用。対談動画の撮影だけでなく、オンライン会議のように上半身がフィーチャーされる場でも、華やかかつ親しみやすい、さすがのスタイルです。
NAOKO OKUSA’S STYLE

男性のスーツスタイルを連想させる、グレンチェック×ウール素材のワンピースをセレクト。女性らしい柔らかなシルエットを演出してくれる、オチ感のある素材もポイント。着席での対談スタイルでも、足元が美しく見えるようにロング丈を選び、上半身にフォーカスされた時にも華やかに映るよう、耳元には大粒のバロックパールを。
仕事服においても、「装う権利」を取り戻した私たち。仕事服への考え方、あり方、向き合い方がドラスティックに変わりそうなこれからにワクワクしてきませんか? 後編は10月14日(水)に公開予定。より具体的に、仕事服の選び方、着こなし方など、“山本セオリー”をお伝えします。ご期待ください!
profile

山本晃弘
(やまもとてるひろ)
服飾ジャーナリスト。『AERA STYLE MAGAZINE』エクゼクティブエディター/WEB編集長。『メンズクラブ』で編集者のキャリアをスタートしたのち、『ELLE a table』(現 ELLE gourmet)『GQ JAPAN』『AERA STYLE MAGAZINE』の3誌を創刊。2019年にヤマモトカンパニーを設立し、創刊より11年間つとめた『AERA STYLE MAGAZINE』編集長を退任し現職に。編集、執筆、広告制作などを行うかたわら、ビジネスマンや就活生に着こなしを指南する「服育」アドバイザーとしても活動中。執筆著書に『仕事ができる人は、小さめのスーツを着ている。』がある。
movie/Kanon Okamoto、
Koki Ishikawa(TO NINE inc.)
Text / Mika Hatanaka
Edit / Ayako Suzuki