Blog 大草直子の毎日AMARC

旅行は70歳以降も、ワイルドな旅はあと10年弱

来月54歳になります。更年期只中の今ですが、この前、同世代の友人と話していて愕然としたことがありました。NO JOURNEY NO LIFE。旅をすることが人生の目的なのか、生きるための旅なのか。わかりませんが、とにかく、幼い頃からずっと旅をして生きてきました。中にはワイルドな旅も。例えばブラジルのクラブ(外務省の危険度が最も高かった時)で夜通し踊り、路上の屋台でサモサみたいなスナックを食べたり、メキシコで真っ暗なセノーテ(地底湖)に飛び込んだり。まあまあ、色々経験しましたが、そんな中でも絶対に酔っ払わない技とか、危険を察知する能力を磨いてきたような気がします(笑)。

今でこそ、素敵なホテルに泊まってラグジュアリーな体験もしていますが、それでも好きなのは、ヨットから飛び込んで冷たい海に潜る、とか、バスを乗り継いていく世界遺産だったりもするわけです。パリやワイキキでのショッピング、みたいなことは、私にとって旅、ではなく美しい日常の延長。だから、旅をする、と言ったときに、そんな目的は入りません。

で、今日のブログで何が言いたいか、愕然としたとは何かと言うと、必ずしもワイルドでなくても、こうしたアクティブな旅は、きっとあと10年弱、60半ばくらいまでしかできないんじゃないかな、という事実。健脚で健康で、そして好奇心に満ちていて、恐怖心よりも行きたい気持ちが勝つ。まさか一生続くとは思えないし、それはそれでしょうがない。だとすると、1年に、仮に1回、そうした旅ができたとして、あと10回未満しかできない、ということになってしまう。もちろん、60代後半だって70代だって、ずっと旅はしていたいんですよ。ただ、明かりもなくて、淡水だからものすごく水が重いセノーテに、これまでのように飛び込めるとは思えないんですよね。両親を見ていても、70代前半までは世界遺産へ出かけていましたが、完全にセットされた安全安心なプランに乗った「旅行」なわけです。それも尊いな、と思いますが、だったら、60代の真ん中くらいまでは、ちょっと無茶しても「旅をしていたい」。

そうそう、無意識に旅と旅行を使い分けていましたが、
計画的で、目的を重視するのは旅行。
自分と向き合い、過程を重視するのが旅。

まさに、私がしたいのは旅。足腰鍛えて、マインドも強くしなやかに。できるだけ長く旅をしていたいな、と思うこの頃です。