Blog 大草直子の毎日AMARC

いじめも不登校も、乗り越えた私たちへ

学校行事に出かける末っ子を品川駅まで送り、朝ごはんを食べながら、このブログを書いています。様々な事情で、この数年学校行事に参加できなかった彼女。友達との思い出も、学校での記憶も圧倒的に少なくて、だったら、家族の時間を増やそう、と総出でやってきました。今回は、4月に高校に入学して初めての大きなイベント。数日前から「行きたくない」と少しナーバスな様子でしたが、ダディの見守りや私やお姉ちゃんの傾聴力のおかげで(そう思っている!)、自分で行くことを決め。大量のメイク道具(笑)と、律儀に3枚の大判バスタオルを入れた、ぎゅうぎゅうのスーツケースを引いて、つけたての長い爪で行きましたよ。「思春期だから、集合場所までは来なくて良い」と言い捨て、新しくできた友達の元に走っていく末っ子を見て、更年期の母は泣いています。あなたはよく頑張った〜〜。あ、家族もね(笑)。

AMARC RADIO STATIONに、仕事や学校で悩む子供にどう声掛けした方が良いか、とご質問をいただきました。ずっとそれを考えてきたからこそ、思うことがあります。答えになっているかわかりませんが、しかも長いですが、読んでいただけたら。

日本の教育システムは、戦後からあまり変わっていません。IT教育は進み、校舎は改善され、根性論も随分と和らいできましたが、いまだに先生はいつも正しくて、友達はたくさんいた方が良くて、時間割も生徒の意見は全く採用されず、「決められたこと」をうまくやり抜くこととを教えられている(学校が多いような気がします)。子供達の決断力や判断力は取り上げられて、おかしいと思うことに口をつぐむ、みたいな空気もやっぱりあるし。何が良いか、ではないのですが、この大きな空気感って、私の時と変わっていないんですよ。こんなに世の中は目まぐるしく進んでいるのに。

かくいう私も、「学校に行く」「高校に進む」「大学を受ける」みたいなことを、前提に末っ子に向き合っていた気がします。「今の学校がしんどいなら、他を探そう」みたいな。「この学校が」だけでなく「学校システム」が辛いのかも、ということに思いが至らなかった。今通う学校を自分で探し、決めて、学校説明会も1人で行き(そんな15歳初めてです、と言われました(笑)、そうして自分が選択して決断したことに、彼女なりに向き合っている、それが尊いですよね。これからも、いろいろあるでしょうが、もう大丈夫な気がします。それは、母親の私が、「どんな彼女も愛おしく、完璧な存在で、何も修正する必要もないし、そのままで良い」と気づいたから。ダディとお姉ちゃんは、最初からそうだったみたいだけれど(お兄ちゃんは、どちらかというと私と同じ)、私が思う「こっちの方が正しいし楽だよ」という像は、私の「理想や好み」から来ていたんですね。いやあ、ティーンに教えられました。関係ないけど、これ、男女のコミュニケーションにも言えること。そんないろいろが胸を去来し、品川駅のカフェでうるうるしていたのは、私です。

人生って、本当に大変で美しくて、残酷で優しいです。でもいろいろありながら、のびのびと生きている気がします(笑)。