

昨日のインスタ、見てくれてこちらにいらしてくださった方もいると思います。たくさんのコメント、ありがとうございました。まだの方は、私のインスタを見て頂いて(笑)、今日は、「老い」について書きたいと思います。
今までも、ミモレや様々なメディアで、「年齢を重ねること」「1歳ずつ頂くこと」については書いてきましたが、結局、「」で表現したことは、「老いる」ことを少し柔らかく、ロマンティックに表現したことにほかなりません。
辞書を引いてみると(ここがもう、ふふふ。ある意味年齢を感じる。ググる、ではない(笑))、「老いる」とは、年が寄る、老齢になる、体が衰える――とあります。ぞぞっ。老齢とは高齢、ともありますね。何歳なのかしら。はっきりとした年齢はのっていませんが、老齢基礎年金とやらを、65歳から頂けるみたいなので、そのくらいからを老齢、というのかしら。
個人的には、65歳が老齢かどうかは、正直どちらでも良く。モード全開のブラウス、そして「3kg痩せたから!」とデニムのショートパンツをはいた友人が、「私、“老いる”のが怖いの。直ちゃんはどう思う?」こう聞いたことに、彼女の在り方と言葉にギャップがありすぎて、びっくりしてしまいました。彼女があえて、その言葉を使った意図は明快で。同い年の、今年48歳のタイミング。肌が衰え、髪の質感が変わり。このびっくりする感じは、すでに30代後半から40代前半でクリア(笑)。いまや、身体のあちこちに不具合が生まれて、ホルモンバランスも変化して、何年かすると閉経もするでしょう。ぼんやりとした変調ではなく、うんと遠くにあった「死」が見えるくらいのシリアスな変調だったのかもしれません。子供のときに見ていた両親とは違い、それこそ「老いていく」彼らを目の当たりにしている、なんてこともあるかもしれないですね。
なるほど。一見パワフルでエネルギーに溢れていて。実は繊細で真面目で、子育てや仕事も綿密に計画を立てて進めてきた彼女だからこそ、の質問でした。
そっか。正直に言うと、私は「老い」は考えたことなかったなあ。もちろん、ホルモンも含め、さまざまな変化はものすごく実感しているんですよ。
それよりも、40代後半、50歳間近に、やっとやっと少し時間ができて、自宅近くのホットヨガに通うこともできるし、1か月に何日かは、会食じゃないプライベートと集まりももてるようになったことが、もう楽しくてありがたくて。そのことに、ある意味夢中になっていたかも。身体を動かすことで、さまざまなパートの可動域は拡がり、心にも余裕、というスペースができました。
今日早く起きて、テレビの収録に向かい、ヘアメイクをして頂いている間に、原稿を仕上げていますが、やっぱり「老い」の足音はまだ近くない。そして、これは強がりでも、さらに言えば抗っているわけでもなく。遠いとか近い、といったことでもない。共にある、感じでしょうか。私にとって、「老いる」とは時間が経つ、時が流れる、と同じこと。10代の頃は焦りに似た若さをもてあまし、20代では早く一人前にならなきゃ、という実年齢を全速力で追い越すことに疲れていたし。30代は、とにかく時間がなかった。今より身体はカチカチ、調子が良くなかった気がします。40代になって、やっとやっと、自分と時間のスピードが重なってきました。そうして、この先、時間が自分のうんと後ろに位置したときに初めて、「老い」を感じるのでしょうか。
と、なかなか自分では答えが出ないので、周りにいる人に軽く取材をしてみました♡なかなかにシリアスなテーマなので、続きは明日!